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東京高等裁判所 昭和27年(う)1683号 判決 1954年2月15日

控訴人 被告人 佐一こと山本宰司

弁護人 内水主一 外二名

検察官 磯山利雄

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

原審における未決勾留日数中百三十日を右本刑に算入する。

本裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

原審及び当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は末尾に添えた各書面記載のとおりである。

弁護人内水主一の控訴の趣意第一点及び弁護人人見福松の控訴の趣意第六点について、

記録に徴すると、所論の予備的訴因の追加と題する書面が原審公判廷で検察官によつて朗読された形跡がないことは所論のとおりである。しかし、記録を調べてみると、右書面の謄本は昭和二十六年六月二十九日被告人に、同月三十日弁護人柳瀬国宣に、それぞれ送達されたことが明らかであり、また、原審第六回公判調書には、検察官は昭和二十六年六月二十五日附予備的訴因の追加と題する書面に基き、訴因及び罰条を予備的に追加することを許されたい旨を述べ、裁判官は検察官の右請求を許可する旨を宣し、且つ、右追加の部分を被告人に告げ、被告人及び弁護人に対し、右被告事件について陳述することがあるかどうかを尋ねたところ、被告人は和田証人の証言によつても明らかでありますとおり私の行為は背任でもありませんと陳べ、主任弁護人は被告人が述べたほかには別にありませんと述べたとの記載がある。してみれば、右書面が公判廷において、検察官によつて朗読されなかつたことは、刑事訴訟法第三百七十九条にいわゆる訴訟手続に法令の違反がある場合にあたるけれども、右書面の謄本が被告人及び弁護人にそれぞれ送達されたのみならず、該書面の内容が同公判廷において裁判官から訴訟関係人に告知せられたことは前説明のとおりであり、予備的に追加された訴因及び罰条の内容は被告人及び弁護人において充分了知していたものと認むべきであるから、かかる瑕疵は、被告人の防禦権に何等実質的な不利益を及ぼしたものとはいいがたく、これをもつて、判決に影響を及ぼすものと為すことを得ない。次に、記録に徴すると、本件審判の対象となつている事実は起訴状記載の横領の公訴事実と前記予備的訴因の追加と題する書面記載の背任の事実との二つであることが明らかであるところ、二つ以上の訴因がある場合において、その一方と他方とが予備的又は択一的の関係にあるとき、裁判所がそのいずれか一方について有罪の判決をすれば、該判決はその反面において爾余の訴因を排斥した趣旨をも表明しているものと解し得られるから、本件において、原審が予備的訴因である前記背任の点について、有罪の判決をした上、その判決の主文及び理由中に前記横領の点についての判断を示さなかつたのは、まことに当然のことといわなければならない。従つて、原判決には何等各所論の違法はなく、論旨は理由がない。

弁護人人見福松の控訴趣意に対する第三補充陳述の二について。

しかし、本件起訴状及び東京地方検察庁検察官検事木村喜和作成の昭和二十六年六月二十五日附予備的訴因の追加と題する書面をみると、前者には公訴事実として、被告人は篠崎宗義から同人所有にかかる渋谷区原宿一丁目百十九番地所在の土地百四十五坪二合六勺を担保に金融斡旋の依頼を受け、その関係書類を預かり、昭和二十四年九月二十五日右土地を担保として本部定親から金十万円を借り受けることとなり、同日右関係書類を使用し右土地を担保として同人から現金八万五千円を借り受けたが、該金員を前記篠崎宗義に交付せず、即時これを擅に着服して横領したとの旨の記載があり、一方後者には、被告人は昭和二十四年七月頃篠崎宗義から同人所有の東京都渋谷区原宿一丁目百十九番地所在土地百四十五坪を担保として千葉無尽株式会社より金五十万円を内金十五万円位は諸費用及び被告人報酬に充て得る約定にて借入方依頼を受けてこれを承諾し、右土地の関係書類を預つたが、右約定を誠実に履行すべき任務に背き、自己の利益を図る目的で同年九月二十五日頃本部定親との間に前記書類を使用して右土地を譲渡担保に同人から一ケ月の期限で金十万円を借り受ける契約を為し、同人から現金八万円を受け取り、これを自己の用途に費消し、もつて篠崎宗義に対し、同年十二月二十七日頃右土地の所有権を失わしめて損害を加えたとの旨の記載がある。そして、右のごとき二つ以上の訴因について基本的事実関係が同一であるかどうかは、その各訴因を構成する犯罪の構成要件に属する重要な事実がある程度重なり合つているかどうかによつてこれを決すべきものと考えられるのであつて、本件起訴状に記載されている横領の訴因を構成するその構成要件に属する重要な事実と前記予備的訴因の追加と題する書面に記載されている背任の訴因を構成するその構成要件に属する重要な事実とは多少矛盾するところがあるけれども、相当程度重なり合つていることは、右各事実を互に比較対照すれば容易にこれを観取することができるから、右両者はその基本的事実が同一であると認むべきである。それ故、原審の訴訟手続には所論の違法はなく、論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 下村三郎 判事 高野重秋 判事 真野英一)

弁護人内水主一の控訴趣意

第一点原審の訴訟手続には法令の違反があり、而もその違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決は破棄を免れない。すなわち、一件記録によると、被告人は昭和二十五年十二月十一日附起訴状によつて、横領罪として原審である東京地方裁判所に起訴せられ、その審理の繋属中に、検察官から、昭和二十六年六月二十五日附を以て同裁判所に対し背任罪としての予備的訴因の追加申立書が提出され、原判決は、この申立に基いて、被告人の所為を背任罪として問擬処断したのである。ところで刑事訴訟法第三百十二条刑事訴訟規則第二百九条によると、このような予備的訴因の申立があつた場合には、検察官は遅滞なく公判期日においてその書面を朗読しなければならないのであつて、これは刑事訴訟法が厳格な起訴状一本主義を採つている建前上けだし当然のことなのである。ところがいま原審第六回公判調書の記載するところをみると、裁判官は、前回に引続いて審理する旨を告げた。検察官は、昭和二十六年六月二十五日附「予備的訴因の追加」と題する書面に基き訴因及び罰条を予備的に追加することを許され度い旨を述べた。裁判官は、検察官の右請求を許可する旨を宣し、且右追加の部分を被告人に告げ、被告人及び弁護人に対し、右被告事件について陳述する事があるかどうかを尋ねたところ、被告人は、和田証人の証言に依つても明らかであります通り私の行為は背任でもありません、主任弁護人は、被告人が述べた他には別にありません、と夫々答えた。という記載があるだけで、検察官に於て右申立書を朗読した事跡がないのである。そもそも起訴状の朗読は、職権主義を採用していた旧刑事訴訟法の下においてさえ、訴訟手続開始の絶対要件であり、「検事ノ為ス被告事件ノ陳述ヲ聴カスシテ審判ヲ為シタルトキ」は、同法第四百十条第十二号によつて所謂絶対的上告理由とされていたところであり、当事者主義を採用し起訴状一本主義を堅持する新刑事訴訟法に於ては、尚更不可欠の条件と言うべきは敢えて論議の余地のないところであつて、本件の如く、起訴状と同視すべき「予備的訴因の追加」申立書の朗読を欠缺することは、正に訴訟手続に関する重大なる法令違反であり、その違反が判決に影響を及ぼすものであることはまことに明らかであるといわねばならない。従つて原判決は刑事訴訟法第三百七十九条により破棄すべきものである。

弁護人人見福松の控訴趣意

第六点原判示の事実について被告人は篠崎宗義から原判示の土地を担保金融の斡旋方依頼を受け本部定親から現金八万五千円を借受け篠崎に交付せず横領した旨の起訴の訴因に基いて審理せられ審理の途中で第六回公判において昭和二六年六月二五日附予備的訴因の追加を請求し裁判官はその請求を許可したがその同一性も疑はしく右予備的訴因の追加によれば原判示の罪となるべき事実の判示と同旨で原判決は右予備的に追加された訴因に基いて判断をされたが原判示の理由では未だ主たる訴因について判断を加えられたことがなく右予備的に追加された訴因は検察官の朗読がなく未だ公訴の提起があつたとは出来ないので原判決は未だ理由をつくさず公訴のない事件について裁判し被告人に科刑し公訴のある事件について裁判をしなかつた重大な違反がある。

弁護人人見福松の控訴趣意に対する第三補充陳述

二、原審記録を精査するに起訴状の公訴事実によれば被告人に対し篠崎宗義から本件土地を担保に金融斡旋の依頼を受け本件土地を担保に本部定親から金八万五千円を借受けこれを右篠崎に交付しないで擅に着服横領したものとして罪名横領罪罰条刑法第二五二条を適用し公訴を提起し後に至り右の訴因は検察官から予備的に被告人は篠崎宗義から同人所有の本件土地を担保に千葉無尽会社より金五十万円を十五万円位は諸費用及被告人の報酬に充て得る約で借入方依頼を受け右約定を誠実に履行すべきに之に背き自己の利益を図る目的で本部定親から本件土地を譲渡担保に十万円の借受け契約をし現金八万円を受取り自己の用途に費消し右篠崎に本件土地の所有権を失はせ損害を加へたと追加され罪名背任罪罰条刑法第二四七条を適用し、原裁判所は右予備的訴因の追加を許したが、右公訴事実の予備的訴因に対する主たる訴因は被告人は篠崎宗義から金融斡旋の依頼を受け土地の権利書等を預り本件の土地を担保に本部定親から現金八万五千円の現金を借受けこれを右篠崎宗義に交付しないで着服横領しと判断して居るもので即ち本件の土地を担保の借入は適法でその借入金は篠崎の物で被告人がそれを横領したとの特定された対象について公訴を提起したものであり、許された予備的に追加された訴因は被告人は篠崎宗義から千葉無尽会社から金五十万円の金融斡旋の依頼を受け本件土地の権利書等を預りその約定を誠実に履行しなければならないのに被告人の利益を図る目的で右土地を譲渡担保にし本部定親から金八万円の現金を受取り自己が費消し右篠崎に右土地の所有権を失わせて損害を加えた即ち本件の土地を担保に借入は不適法で借入金は被告人の物であるがそれは被告人の利益を図る目的で篠崎のための事務処理に背いて所有権を喪失させ篠崎に損害を加えたとの特定された対象について予備的に訴因が追加されたものであり、右のような予備的訴因の追加はその主たる訴因が被告人が本件の篠崎所有の土地を担保に供したことが適法であると判断しその担保が篠崎宗義のなされ被告人は右篠崎のための借入れ金を篠崎に交付することなく着服したと判断された対象と相矛盾するもので同一物でなく著しく公訴提起の対象と基本的同一性を害しその基本的同一性を害しない限度の起訴状に記載された訴因または罰条の追加とは謂うを得ないと信ぜられこれが予備的訴因の追加を許した原裁判所の判断と共に判断の対象を誤り法令に違反するものと信ずる。

右主たる訴因の横領の事実に対し新に予備的に追加された背任の訴因は一方では本件土地を担保とし借入は適法とし他方ではこれを不適法と一方は篠崎の物である金員を横領したとし他方では篠崎のための事務処理に背き損害を加えたとする等訴因の争点を特に構成要件的に重要部分が重なり合ないように決定的に変更したもので被告人は防禦の準備方法を根本から建てなをさなければならないし事実被告人はその何れか一方を認めなければならないような防禦方法の困難に陥り居る次第でかような新な予備的訴因の追加は許されないものと信ずる。原判決はその理由で新しく追加の請求を許しその予備的訴因の被告人の横領の事実の無罪の判断またはその説示を欠いているが主たる訴因が犯罪の証明がなく罪とならなかつたことは記録上明で原判示の新な予備的に追加された訴因も原判示の事実及びその証拠を以つてしてもその証明は不充分であると信ずる。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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